山神悦子展 Rhythmizing ― アクエリアムの時間

山神悦子展 Rhythmizing ― アクエリアムの時間

 Gallery惺SATORUでは5月10日(土)から6月1日(日)まで「山神悦子展 Rhythmizing-アクエリアムの時間-」を開催致します。

 山神悦子の絵画の魅力は、色彩、筆触、リズムの三つにあります。そのリズムというのは、単に描くときの腕の運動を言うのではなく、生物のほとんどが本来体内の組織に内在的に持っているもの、また宇宙の周期の規則正しい一定のリズムのことです。作家は日々それらに意識を向け、生き物の動きを観察し、スケッチを繰り返して制作をしてきました。そうして出来た絵画はリズミカルで、生命力や自由に満ちています。

 本展は水族館での水生生物のスケッチをもとに制作された油彩14点(F120号~F4号)とインクによるドローイング数点で構成します。ぜひじかに観て、体感して頂きたいと思います。

展覧会開催にあたり図録を制作致しました。また会期中は、作家に動く動物のスケッチのコツを教えて頂きながら、自分自身のリズムを見つけるワークショップ「エンピツで動物をつかまえよう」やギャラリートークも開催致します。ぜひご高覧下さい。

 

 

2014年5月10日 (土) ―  6月1日(日) 月・火 休廊

12:00 ― 19:00

* ワークショップ—エンピツで動物をつかまえよう— 5/17(土) 13:00―14:30

* ギャラリートーク 5/24(土) 15:00 ―16:30

 

Rhythmizing  ー アクエリアムの時間

 展覧会のタイトル"Rhythmizing"とは「・・・にリズムを付ける」という意味です。約25年前に抽象絵画を描き始めた頃、それが確かに存在するにもかかわらず、自分のリズムに無自覚でした。描いている間中、私自身のリズムがいつも私に付いて来ることが段々分かるようになりました。むしろ、私のほうが私自身のリズムに従うと言うべきかもしれません。

 昨年、私はいくつかの水族館を訪れ、海の生き物のスケッチをしました。これらの油彩画はそのスケッチと私が受けた印象に基づいています。

私は海の中の生き物たちの動きと共振する私自身の原初的なリズムを表現したいと思いました。このように描く事で、私は、私たち人間は自然の一部であり、それ無しでは生きられないことを確かめるのです。

 

山神悦子

山神悦子

1950 香川県生まれ

1973 お茶の水女子大学家政学部卒業

1974–76 アメリカ シアトルに滞在

1981–83 スイス ジュネーヴに滞在

1985–88 大石洋次郎氏(武蔵野美術大学講師・当時)に油彩を、

1986–88 黒田克正氏(同)にクロッキーを習う

 

個展

1989 Gアートギャラリー(東京)

1990 かねこあーとGⅠ(東京)

1992 かねこあーとGⅡ(東京)

1993 ギャラリーNWハウス(東京)

1994 村松画廊(東京)

1995 ギャラリー21+葉ANNEX(東京)

1996 かわさきIBM市民文化ギャラリー(神奈川)

1997 ギャラリーブロッケン(東京)

1999 ギャラリー工房 親(東京)

GALERIE SOL(東京)

2001 GALERIE SOL(東京)

Para GLOBE(東京) * シルクスクリーン版画展

2002 GALERIE SOL(東京)

2003 GALERIE SOL(東京) *版画展

ギャラリー GAN(東京)

2004 GALERIE SOL(東京) *版画展

Gallery惺SATORU(東京)

2006 GALERIE SOL(東京)

2006–07 ギャラリーアルテ(香川)

2007 ギャラリー工房 親(東京)

2009 Shonandai MY Gallery(東京)

2010 Gallery惺SATORU(東京)

2011 Gallery惺SATORU(東京)

Shonandai MY Gallery(東京)

2012 Shonandai MY Gallery(東京)

2013 Shonandai MY Gallery(東京)

 

 *版画展の表記のないものは油彩画による個展

グループ展

1990 「仮想モニュメント展」 かねこあーとGⅠ(東京)

1995 「水戸アニュアル ’95」 絵画考―器と物差し 水戸芸術館(茨城)

1999 「自慢・満足―Ⅳ 『誰でもピカソ?とんでもない!』」

ギャラリー21+葉(東京)

 「TRACE展Ⅱ」 GALERIE SOL(東京)

2001 「自慢・満足―Ⅶ 続 『誰でもピカソ?とんでもない!』」

ギャラリー21+葉(東京)

2002 「第17回イビザ版画ビエンナーレ」イビザ現代美術館(スペイン)

2003 「第1回サン・モール版画ビエンナーレ」サン・モール美術館(フランス)

「第23回カダケス国際ミニプリント展」(スペイン)

「自慢・満足―Ⅷ  まだまだ『誰でもピカソ?とんでもない!』」

ギャラリー21+葉(東京)

2004 「自慢・満足―Ⅸ 『誰でもピカソ?—とんでもない!』part 5」

ギャラリー21+葉(東京)

「Petit SOL 展」 GALERIE SOL(東京)

2007 「Petit SOL #2」 GALERIE SOL(東京)

2008 「MY Interaction 2008」 Shonandai My Gallery(東京)

「ART OSAKA 2008」 堂島ホテル(大阪)

「18th Joyeux Noel ルージュの伝言」ギャラリー工房 親(東京)

2009 「顔顔顔展」 Shonandai MY Gallery(東京)

「19th Joyeux Noel  kobo CHIKA ART Remix」

ギャラリー工房 親(東京)

2010 「FLOWERS」 Gallery惺SATORU(東京)

「絵画を考える―その1 絵画のサイズ・絵画のイメージ」

ギャラリー工房 親(東京)

2010 「色考|白」 Gallery惺SATORU(東京)

2011 「ART HOSPITALITY」 ギャラリー工房 親(東京)

2012 「迎春」 Gallery惺SATORU(東京)

「Slick contemporary art fair」 Gallery惺SATORUの部屋(ベルギー)

「凱風」 Gallery惺SATORU(東京)

「ART HOSPITALITY」 ギャラリー工房 親(東京)

2013 「mille-feuille」 Gallery惺SATORU(東京)

「Parts/WholeⅡ」 Gallery惺SATORU(東京)

「絵画を考える―その4 色彩」 ギャラリー工房 親(東京)

2014 「春韻」 ギャラリー工房 親(東京)

 

滞在制作

1998 Art Colony Galichnik(マケドニア)

2000 The International Painting Plein Air Plovdiv(ブルガリア)

 

受賞

2001 第2回ADSP  資生堂主催

絵画の海を泳ぐ ― 山神悦子の新作について     大谷省吾(東京国立近代美術館主任研究員)

 

クラムボンは笑つたよ。

クラムボンはかぷかぷ笑つたよ。

 

 

 山神さんのアトリエを訪ねて新作を見せてもらったとき、ふと宮澤賢治の「やまなし」の一節が頭をよぎりました。おそらく、青い色面にさまざまな筆あとが舞い散るさまが、名づけがたいけれども軽やかに輝く流動的な何か、例えば水底から水面を見上げたときに乱反射する光のようなイメージを喚起させたからかもしれません。

 山神さんはその作品に《海》とタイトルを付けたと教えてくれました。これは意外でした。これまで山神さんは、ほとんどの作品にuntitledとしか付けてこなかったからです。とはいえ、今回の作品に具体的なタイトルが付いているからといって、山神さんは決して海そのものを描こうとしたのではないでしょう。自身の絵画空間を作り出していくための、きっかけのようなものというべきでしょうか。そして見る側の私たちにとっても、《海》という題名は、その絵画空間に入っていくための導入の役割を果してくれます。水中を泳ぐように、絵の中に視線を遊ばせてみましょう。

 まず目につくのは、青い空間の中に散在するカラフルな色斑です。それらは単なる色のかたまりではなくて、さまざまな角度をつけて描かれているので、私たちの視線はそれらの色斑を見ているうちに、画面のあちこちをさまようことになります。そしてその視線の運動は、カラフルな色斑の周囲の、さまざまなニュアンスの筆あとによって助長されるのです。グレーがかったそれらの筆あとは、ところどころかすれて背後の青い空間に溶け込んでいくため、上下左右の動きだけでなく、画面の手前から奥への動きも感じさせます。

 少し画面に近寄ると、遠目にはグレーのように見えていたひと筆ひと筆が、少しずつ異なる色彩であることに気づかされ、筆あとの重なり具合もわかります。そのまま目を離さずに、少しずつ画面から遠ざかってみると、物質として見えていた絵具が、動きをもってまるで魚影のようにざわめきだします。何度かこれを繰り返してみると、筆あとに導かれる私たちの視線の動きに、あるリズムのようなものが伴うのを感じとることができるはずです。私の体験に即していえば、視線の動きは、ゆるやかにジグザグを描くように上から下へと降りていきながら、再びふわりと上昇させられるような感覚があり、それが何度も繰り返されるような印象でしたが、いかがでしょう。この、視線をふわりと上昇させる方向へ導くのに重要な役割を果たしているのが、画面のところどころに、やや物質感を強調して置かれた、白い絵具の存在です。これらは第一印象では、カラフルな色斑にまぎれて目立ちませんが、画面の中を視線が遊ぶときに、その絵具の盛り上がりがアクセントとなって視線にひっかかってきます。そしてその置きどころがちょうど、泡粒が水底から水面へと浮かび上がるように、絶妙に視線を上へと誘導するようなのです。これら、カラフルな色斑、ニュアンスに富んだグレーがかった筆あと、泡粒のような白い絵具が繊細に呼応しあうことで、私たちの視線は、画面の中を心地よいリズムで回遊することになるようです。それは、山神さんが制作しながら画面のあちこちに視線をめぐらせ、ひと筆ひと筆を置いていったリズムを追体験することでもあるでしょう。

――私が山神さんの《海》を見ながら感じたことの記述は、これでおしまいであります。けれども、絵を見る経験は、見た人の数だけ存在します。「やまなし」のクラムボンが、読者それぞれに異なったものとして受けとめられるように、みなさんも山神さんの絵画の海を自由に泳ぎ、そこで何かを発見してみてください。

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